街コラム

気負わず、暮らすように紙を漉く。
えひめ伝統工芸士・宇田秀行さんの手仕事。

高橋陽子

2019.03.07

Writing: 高橋陽子

冬の工房は冷える。水は身を切るように冷たい。
「バシャッ。バシャッ」
しんと静まり帰る工房に、漉桁(すきげた)を揺らす音だけが響く。

 

紙のまち、四国中央市に伝わる「伊予手漉き和紙」

私がその場所を訪ねたのは、冷え込みの厳しい2月のこと。
日本一の生産量を誇る紙のまち、四国中央市。中でもここ川之江地区は、250年以上続く伊予手漉き和紙の産地。明治後半から大正初期にかけての最盛期には、761戸で紙が漉かれていたといいます。

しかし、和紙は生産性の低さや洋紙におされ、急速に衰退。手漉き和紙職人も、次第に数を減らしていきました。現在、この地で手漉きをしているのは、ただ二人。そのうちの一人にお会いしました。

 

この道43年。漉いてきた紙の種類の多さは、誰にも負けない

宇田秀行さん(68)。えひめ伝統工芸士に認定された、手漉き和紙職人です。大正2年創業の老舗「カネジ製紙工場(現・宇田武夫製紙所)」の4代目にあたります。
この道43年。秀行さんが家業に入ったのは、25歳のときでした。

「僕が大学生のころ、手すきは先細り。親には、卒業して3年以内に家業を継ぐかどうか決めてほしいと言われていました」

大学を卒業後、繊維系の企業に就職。手すきとは離れた人生を送り始めていましたが、安い繊維の輸入が原因で、会社は希望退職を募るように。一方の実家は、父が手漉きの手法改良に成功。母の「帰ってきてくれたら」という声もあって、退職し、家に戻りました。

小さいころから父の仕事ぶりを見ていた秀行さん。家業を継ぐからといって、特別に特訓を受けたということはありません。

「見よう見まねで学びました。昔は、“半紙3本、6000枚を漉いて、食べていくのに一人前”という言葉があって、1日750枚漉くのが標準。40年以上たった今でも、一人前かどうか分からん」と謙遜しつつ、「漉いてきた紙の種類の多さなら、誰にも負けん自信がある」と笑顔を見せる職人気質です。

美しい光沢のあるガンピ紙、厚めの和紙、葉書など、現在は発注に応じて、約20種類の和紙づくりを手がけます。特別なものでいえば、ごく薄く透明度が高い「ガンピ白ウス」は、すごモノ愛媛に認定。主に和紙人形の顔に用いられ、全国から注文が入ります。地元・川之江高校の卒業証書は、20年以上、秀行さんが漉いているのだそう。

「リピーターがあるのはうれしい。気に入って使うてくれる人がいることが、この仕事のやりがいやけん」

 

人を虜にする、1枚の和紙ができるまで

自宅の敷地内にある、広い工房。多いときは20人以上が働いていたといいます。

「実際見てみるんがええ。さあ、どうぞ」

そういって秀行さんは、和紙づくりの工程を丁寧に案内してくれました。

これが和紙の原料です。写真左から、ガンピ、三椏、コウゾ。
自家栽培ではなく、昔からこの地区では、原料問屋から購入する「分業制」なのだそう。

まずは、煮釜に原料と薬品を加え、2時間煮沸。柔らかくしてあくを抜きます。

続いて、1000分の6ミリのスリット(すじ)がついたスクリーンという機械でゴミを除去。
コウゾの場合は、繊維が長くてスクリーンが使えないので、なんと手作業でゴミを取るのだそう。

ビーター叩解機で、歯と歯を擦り合わせて繊維を分散し、紙料にします。

ここまでの準備だけで7日。ようやく「紙漉き」の作業へ。
この「紙漉き」と「板干し」の作業に立ち会わせていただきました。

井戸水を張った「漉舟(すきぶね)」に紙料を入れ、のりを加えて「熊手」でかき混ぜます。
調整は、自分の感覚でしかありません。

「漉くときが一番神経を使う。乾燥まできたら、もうどうにもならんから」


淡々と紙を漉く秀行さん。手だけではなく全身でリズムをとるように漉桁を操ります。

枚数が分からなくならないように、漉き終えたら左手で「桁(けた)」から「簾(す)」を外しながら、右手で手元のそろばんをはじきます。


流れるような動作で、漉き上げた紙をうしろの台「紙床」(しと)へ。
簀をおろし、そっとあげて重ねていきます。

大きな気泡が出たら、ストローで除きます。

しんと静まる空間の中、秀行さんの水を揺らす音、紙を重ねる音など、最小限の音が、その静寂を一段と高めるかのよう。

体力的なこともあり、現在は紙漉きの作業を2日に分け、1日に120枚ほどを漉きます。

「目標枚数を漉き終えてみて、紙料の残り具合で、ちょうどええか、厚くなったか、薄くなったか分かる。今日は取材してもろて集中できたけん、ちょうどええかな(笑)」

翌日以降、漉き上がった紙をプレス機で圧搾(水切り)。
コウゾの場合は、その日のうちに圧搾して、夕方から夜にかけてもう一度水をかけるのだとか。

圧搾後、漉き重ねた紙を一枚一枚はがして干し板に張りつけ、板干しします。
この日は、あいにくのお天気で室内乾燥ですが、乾燥機で乾かすことが主流になった近年でも、秀行さんは愛用歴50年のトタン板を使用。紙には自然乾燥ゆえのしなやかさが生まれます。

目につくゴミは、針で取り除く細やかさ。

乾燥した紙を断裁して、ようやく出来上がりです。順調にいって10日。この気の遠くなるような緻密な工程を経て完成した和紙は、しなやかなのに耐久性もあることで、需要があります。

 

季節のうつろいを感じながら、細く長く続けたい

「寒すき」という言葉がある。冬の寒い時期に、良質の紙ができるというもの。気温の低い冬場は、原料が腐りにくく、のりがよく効くためです。

「四季もそうやし、気候も大事。天気予報を見ることが日課やね」

和紙づくりは、季節のうつろい、気候の変化とともにあります。

現在の紙漉きは、10月下旬にはじめて5月までにその年の在庫を作るようにしている秀行さん。若いころは、和紙職人に休みは少なく、大企業に勤める同級生のカレンダーを見て、休みの多さを羨ましく思ったことも。それでも、和紙職人という道を、苦に思ったことはありません。

「体を動かすことが好きでしたから。そりゃあ、紙の均一をとるのが難しいとか、技術的な苦労はしたけど、創業した祖父や改良した親父に比べたら、苦労のうちに入らん」

最後に、「秀行さんの和紙づくりのこれからは?」と尋ねてみました。

「私には娘が二人。後を継ぐ人がいないから、現状維持のままでチャレンジできてない。残したいとか、そこまでは思わない。自分にプレッシャーをかけたくないけん。ただ、残ったらいいな、とは思う。次の日にやることがないというのはつまらんですから。細く長く続けていきたいですね。和紙づくりも、人生も」

これからも、秀行さんは紙を漉きます。そっと、暮らすように。

 

【今回の取材先】

宇田武夫製紙所
住所:四国中央市金生町下分2015
電話:0896-56-3245
販売場所:四国中央市かみのまち資料館

 

チャレンジプログラム「伊予手漉き和紙 職人の伝統技に挑戦」

今回ご紹介した、手漉き和紙職人・宇田秀行さんに教えてもらいながら、オリジナルのしおりとはがきを作ります。あなたも手漉きにふれてみませんか?

日時:2019年6月23日(日)、7月14日(日)
①10:00~11:40 ②13:00~14:40 ③15:00~16:40
場所:紙のまち資料館
駐車場:有り
参加料:大人500円、小人200円
参加予約:予約制
定員:20名/回
予約方法:電話、FAX、メール
お問い合わせ:紙のまち資料館
TEL:0896-28-6257
FAX:0896-28-6196
MAIL: kaminomachi@city.shikokuchuo.ehime.jp